第36章 どうか俺と
「でも、せっかくこうやって食事するなら、百くんも誘ったら良かったのに」
「…誘ったよ」
千はナイフを動かす手を止め、落とすように言った。
「万とご飯に行くから、モモもおいでって。誘ったのに…」
「まさか…断られた?」
「うん」
「…えっと。もしかして俺、百くんに凄く嫌われてる。のか?」
「モモが万を嫌い?そんな訳ない。ただ…」
ついに千は、手に持っていたナイフとフォークを、皿の上に置いてしまった。
そして、悲しそうな視線をこちらに投げる。
「モモなりに、気を使ったんだと思う。
久し振りにゆっくり話すんだから、2人で楽しんで来いって言われたよ」
「そうか…。それは寂しいな。気を使う必要なんてないのに」
「僕もそう思う」
そう言った直後。今度は、むすりと拗ねたような顔付きへと変わる。
千は表情豊かな部類の人間ではないから、若干変化が分かりにくいが…。他の人間には分からなくても、濃密な時間を共に過ごした俺には 手に取るように分かる。
「モモが今日、僕の誘いを断って…今どこで何してると思う?」
「うーん。どうだろう…仲間と焼肉、とかかな」
「半分は当たってる。
正解は…好きな子と焼肉。でした」
「!?」
俺は、腰が浮くほど動揺してしまう。
椅子の脚が大きく動き、ガタ!っと音を立てる。ここが個室で良かったと安堵した。
「百くんに…好きな子がいるのか!いやまぁでも、彼もそういう年頃だし、ちゃんと人目を気にしてデートする分には、何も問題ない…な。うん」
「……ちなみに、僕もその子が気になってる」
今度は、椅子の脚が動く程度では済まなかった。
バターーン!と椅子が後ろに倒れ、心配した店員が駆け付けてしまう騒ぎとなった。