第36章 どうか俺と
【side 大神万理】
「悪い千!少し遅れた」
「全く…僕を待たせるなんて、万くらいだよ?」
俺が店に着くと、千はすっかり落ち着いた様子で椅子に掛けていた。
いくら仕事が押したからとはいえ、彼を待たせてしまった事を後悔する。
「なんて。冗談だよ。僕もさっき着いたばかり。それに、強引に誘ったのはこっちだからね。少しの遅刻くらい大目に見てあげる」
「それはありがたいけど。でも 別に強引に誘われたなんて、思ってなかったよ」
俺がそう言うと、千はふわりと微笑んだ。
久し振りに俺達が再会して、しばらく時間が経ったころ。千が俺を食事に誘った。
当然、話したい事が積もっているのは俺も同じだ。だから喜んで誘いを受けて、今に至る。
ちなみに、店を選んだのは俺だ。千は、話さえ出来れば良いと言って、その辺の店に決めそうになったのだが。
さすがにトップアイドルを、個室も無い居酒屋で飲食させる訳にいかない。
「この店、有機野菜が美味しいって有名なんだって。相変わらず、野菜しか食べないんだろ?」
「そうね。肉は、僕の代わりにモモが食べてくれるから」
「ははっ。百くんが肉を食べても千に栄養がいくわけじゃないだろう!」
私が笑うと、千もまた笑顔を返した。
彼にサヨナラも告げずに姿を消した あの時には。
想像も出来なかった。
千とまた、こんなふうに穏やかに笑い合える日が またやって来るなんて。
百がいてくれて良かった。
俺達と出会ってくれて良かった。
千の傍を選んでくれて、本当に良かった。