第35章 いつのまにか、その種は芽吹いてた
一方の環は、卵の黄身と格闘していた。どうやら、黄身が出汁に流れ出てしまわないようにと 試行錯誤しているらしい。
白身に箸で少しだけ穴を開け、そこから黄身をレンゲですくって食べている。
『……』
(一生懸命食べてるなぁ。凄い静か)
そんな平和な光景の直ぐ隣では、バチバチと火花が炸裂していた。
「邪魔しないで貰えます?それとも何ですか?これ見よがしに台本なんて出して。自分は芸能人だって自慢でもしたいんですか?」
「ははっ。そんなつもりは毛頭無いですけど?まぁ空いた時間に台詞を覚えられるように、常に台本を持ち歩いてるくらいには 演技に力入れてるつもりですけどね」
「そこまで必死にならなきゃ台詞覚えられないようじゃ、まずいんじゃないですか?TRIGGERの八乙女楽なら、ドラマの台詞くらい もっとサラッと覚えてるんだろうなあ」
「どうでしょうねー。表では涼しい顔して、でも実は裏で凄い苦労してたりして。そんなに器用な性格してるようには見えませんからねー、あの人」
「っ、このっ…」
(この野郎…っ、好き放題言いやがって!俺が正体明かせないのを良い事に!)
「ははっ」
(それを織り込み済みで言ってるに決まってんだろ。エリの前で良い格好ばっかしてる報いだっつの)
なんだろう。2人は、まるで目と目で会話をしているようだ。以心伝心という奴だろうか。私には2人の心の声は一切聞こえて来ない。
「………」
(いや、まだだ。まだ早い。卵を大きく割るタイミングは今じゃない。でもあんまりグダグタ時間かけっと、黄身がカチカチになるし。かと言って早く割り過ぎたら、黄身が溢れて汁が超濁るんだよな…。これは難しい問題だ…!)
『タマちゃんの心の声はスケスケなのになぁー』癒される…