第35章 いつのまにか、その種は芽吹いてた
『はっ…!すみません、私いま何か口走りました!?』
「い、いえ、大丈夫ですよ。なんかこう、懐かしい記憶が蘇りそうになっただけで…」
「美味そう!なぁなぁ早く食いたい!」
「お、天ぷら蕎麦か。ナイスチョイス」
私の前にはきつね蕎麦。環は月見で、大和は天ぷら蕎麦。それぞれ出揃ったところで、楽は私の隣の椅子を引いた。
「実は俺も昼飯これからなんです。隣、いいですか?」
『勿論ですよ。どうぞ』
見事メンタルコントロールに成功した私は、にこやかに返答した。
楽は自分の前に、ざる蕎麦を置く。
「よりによってザル…。見てるだけで寒いわ」
「蕎麦を楽しむには、これが1番なんで」
4人で、いただきますをする。それから、ようやく蕎麦にありついたのだった。
「ん…っ、ちょーうまーーい!」
「うん、美味い。温まるなぁ」
『……美味しい』
私も、口から自然と言葉がこぼれた。
しっかりと蕎麦の味がする。出汁は薄過ぎず、ちゃんと蕎麦を引き立てる程度の濃さ。
2口、3口と蕎麦をすする。
が、違和感を感じた。私の隣から、視線を感じるのだ。
ちらりと確認をすると、楽がじっとこちらを見つめていた。自分の蕎麦には手を付けず、柔らかな微笑みで私を見守っている。
その視線に耐えられなくなった私は、急ぎ口の中の物を飲み込んで、彼に問う。
『…ん、っぐ。
蕎麦屋さんは、食べないんですか?』
「今は、美味そうに俺が作った蕎麦を食うエリさんを見ていたいんで」
これでもかと整った顔が、こちらを覗き込む。その綺麗な瞳に映った自分も、こちらを見ていた。
が。突如として私と楽の間に、にゅっと壁が現れる。
「はいはい、そこまで。蕎麦屋さんも早く蕎麦食わないと麺が伸びちゃうんじゃないですかー?」
「…ッチ」
現れた壁の正体は、台本であった。大和が私と楽の間に、どこからか取り出したそれを差し入れたのだ。
というか、本当にどこから取り出したのだろう。