第35章 いつのまにか、その種は芽吹いてた
「俺がエリに、1回だけやって貰ったのはマッサージ。
この人すげぇ上手でさ。ちょっと触れられただけで、日頃の苦労とか辛い事、一瞬で忘れられるんだわー。
だから、またぜひお願いしたいなー…って、話をしてたんだよ。な、エリ?」
大和が、眼鏡の奥から ぱちんとウィンクを飛ばした。私はすかさず、こくこくと何回も頷く。
しかし 大の大人が、こんなベッタベタな嘘に騙されてくれるものだろうか。
「そ……そうだったのか…、なんだ。じゃあ俺の勘違いだったわけだ。ははっ、すごい恥ずかしいですね」
『…』騙されてくれたー
「……」八乙女はタマ並だな
「ん?でもさっき四葉さんが、エリさんのセフレは自分だって」
「あー…タマは、セフレの意味ちゃんと分かってねぇから。友達以上恋人未満の通称だと思ってんの」ひそひそ
「あぁ…なるほど」
すっかり元気を取り戻した蕎麦屋は、軽い足取りで厨房へと戻っていた。意気消沈だった環も、それを見て完全復活を果たしたのだった。
「どうなるかと思ったけど、何とかなって良かったなぁ」
「ほんとだよ!!俺、もう蕎麦の事は諦めなくちゃってなった」
「いや、俺達は蕎麦の心配してたんじゃなくて…まぁいいけど」
『………』
「どうかしたか エリ。せっかく危機を脱したってのに元気ないな」
「えりりんもマックスで お腹空いたの?」
大和の機転のおかげで、なんとかセフレ問題は脱したようだ。
しかし私の胸中には、霧がかかったようなモヤモヤが残っていた。
それは、さっきの楽の言葉。
『楽…じゃなくて、お蕎麦屋さんのさっきの言葉の中に 気になるのがあって。彼、言ってたでしょ?
“ セフレは、よくないと思う ” って。
“ そういう事は、本気で愛した人とだけするべきだ ” って。
あれって…本心からの言葉、なのかな』