第32章 TRIGGERだから
「曲が出来た」
「ノックをしろといつも言っている」
俺達に、前置きなんていらない。部屋に入ると同時に、必要最低限の言葉を投げた。
この部屋に来る途中で様々な言葉を考えていた。どう説得すれば、この頑固親父を黙らせる事が出来るだろうかと。
しかし、俺が用意した言葉は 用無しになる。
「新曲発表まで時間がないのは分かってる。それでも、この曲でいくぜ。これは、TRIGGERの意志だ」
「姉鷺」
「はい。スケジュールは、社長からの指示通りに整えてあります」
「……??」
当然の如く、ふざけるな!とか、許さん!とかの言葉が飛んで来ると思っていた。しかし、話は予想外の展開へ向かうこととなる。
まだ親父の考えが理解出来ていない俺に、姉鷺がスケジュール帳を開いて見せた。
そこには、TRIGGERのスケジュールとは思えないほどの空白が並んでいた。
「な、なんだ、この異様な程の真っ白は…。まさか俺達、いつの間にか芸能界から干されたのか?」
「馬鹿ね!そんな訳ないでしょ!
これはね、さっきも言ったみたいに社長の指示なの。
春人ちゃんが、3日間で代わりの曲を用意出来なかった。その次の日、社長がアタシに言ったのよ。
“ 新曲お披露目ライブの2週間前からは、なるべくTRIGGERに仕事を入れるな ” ってね。
これが、どういう意味か分かるわよね」
どういう意味か。という姉鷺の言葉。
深読みする事なく、素直に考えれば…
親父は、春人が 時間がかかっても曲を仕上げてくると分かっていたのか?
そして、ギリギリになっても大丈夫なよう、2週間という時間を確保して 待っていたというのか?
その2週間を、みっちりレッスンに当てられるように?
「分かったでしょ?社長はね、口では厳しく言っても、なんだかんだ春人ちゃんを信じ」
「姉鷺!余計な事を言うな!」
「う…。すみません」
「んん゛…っ。とにかくだ。新曲発表までに、完璧に仕上げるんだ。これは命令だからな!」