第31章 こっちを見ろ!!
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「ほんと、大変な事になっちゃったわね」
既に衣装にも身を包み、あと2時間もすれば本番。そんなタイミングで、姉鷺は言った。
楽屋待機していた俺達が、深刻そうに黙りこくっていたから。彼なりの配慮かもしれない。出来るだけ明るく努めているようだった。
「姉鷺、お前が知ってるってことは、もう親父の耳にも入ってるんだろ。
あいつは何て言ってた」
「そりゃもうカンカンよ!」
「そんな!春人くんは悪くないじゃないですか!」
自分が作ったはずの曲が、意図せぬ形で 唐突にテレビで流された。それがどれほどショックなのか、俺には想像も出来ない。
そんな状態の春人を、社長はどんな言葉で打ったのだろうか。
それを考えたら、つい声を荒げていた。そんな俺に、姉鷺は親指を噛みながら言った。
「それが…あの子に過失が絶対にない、とは 言い切れないみたいなのよ」
「それは…どういうことですか?」
「1ヶ月くらい前、パソコンの電源を入れたまま 仕事部屋から離れたタイミングがあったらしいの。
あの子の仕事部屋は常に鍵が開いているし、もちろんパソコンの中には新曲のデータも入ってた。
つまり…」
姉鷺の つまり…の言葉の先を想像するだけで、ぞっとした。
春人の仕事部屋は当然、八乙女事務所の中にある。そして、そこからデータが流出したのだとしたら…
「おい、姉鷺…。じゃあ何か?新曲を他事務所に流した人間は、うちの身内だって そう言いてえのか」
「おそらく…その可能性が、高いんじゃないかしら」
「やめましょう」
天が、冷ややかな声でピシャリと言った。