第31章 こっちを見ろ!!
俺達が部屋を出る時、彼はこちらを一瞥すらしなかった。パソコンを見つめるその顔から心情を読み取るのは、難しいものがあった。
「あいつ、落ち着き過ぎだろ」
「…散々、修羅場を潜ってきたんでしょ」
「どれだけの修羅場に遭遇すれば、あんな鋼のハートになるんだ人間はよ」
「さぁ」
落ち着いている。
鋼のハート。
本当に、そうなのだろうか。
彼は…本当に、そこまでの強さを持ち合わせた人間なのだろうか。
「ねぇ。3日で曲を作るって、何かを思い出さない?」
「天もやっぱり思ったか?俺も多分同じ事を考えてたぜ」
「実は、俺も…。
去年のブラホワと、同じだよね」
あの時も、彼はその短い時間で新曲を作り上げたのだ。
そんな実績があるのだから、今回も大丈夫だろう。そう考える事も出来るのだが…
「あいつなら、きっと大丈夫だ」
「ボクも、プロデューサーを信じてる」
「うん。俺も 春人くんなら大丈夫だと…思いたい…んだけど」
「龍?」
「おい、どうした」
果たして、今回も本当に 大丈夫。なのだろうか。
彼の今までの仕事振りから考えれば、信じて待っていれば大丈夫。大事には至らない。そう考えても良いはずなのに。
なんだろう…この胸騒ぎは。
この胸騒ぎに、明確な理由を付けるのは難しいけれど。
彼の為に、自分も何かしたい。その気持ちだけは 明確だった。
「2人とも。俺に提案があるんだ」
思い付いたばかりの案を、2人に話して聞かせる。
天も楽も、春人くんの力になりたいという気持ちがあったようで、その提案に快く乗ってくれた。
廊下で話し続ける中、俺はある事に気付く。
ガラス張りで、見通しが良い窓にゆっくりと歩み寄る。そして、ヒヤリと冷たいガラスに手をやって呟く。
「雨だ」
ポツポツと、大きな窓を水滴が叩いていた。