第30章 あなたの夜のお供に♡モモちゃんでーす
私がタクシー乗り場に向かって、一歩を踏み出す。百は、すかさず その手を取った。
「あ、あのさ!」
『はい?』
「この後なんだけど…ウチに 来ない?」
百は、真剣な顔で私を誘う。天下のアイドルが こんなにも必死な顔で誘う程の価値、私にあるとは思えないが…。
何も言わない私に、百は続ける。
「ほら、今日はさ!オレが君を癒してあげるって、そういう日なわけでしょ?!」
『そうでした?』
「そうだよ!
だからオレ、この後の事 いっぱい考えてるんだから!
ちょっとぬる目のお風呂にゆっくり浸かって、髪とか体 全部オレが洗ってあげるし、その後は、疲れてる体 全身でもマッサージしてあげる。それから 朝が来るまでぎゅうーって ずっと抱き締めててあげるよ!
いっぱいいっぱい、甘やかして癒してあげたいなぁって 考えてるんだけど…」
『…アイドルに癒されるプロデューサーなんて、聞いた事ないんですけど。しかも、他所属のアイドルに…』
少し離れた大通りから、車がスピードを出して走る音が聞こえる。無言の間、その音はより耳についた。
「アイドルとか、プロデューサーとか、今は いらない。
オレは、君の前ではRe:valeの百じゃなくて、ただの春原百瀬だよ。
だから君も、TRIGGERのプロデューサー 中崎春人って肩書きは どっかそのへんに置いちゃってさ…
ただの、中崎エリとして 今夜はオレの隣に来ない?」
百の力強い瞳が、ぐっと私を覗き込んだ。
彼のその視線の前には、春人もエリに戻されてゆく。そんな心地だった。
『…早く列に並ばないから、タクシーいなくなっちゃったよ』
「え、あぁ…そう だね、ごめ」
『早く大通りでタクシー捕まえて、一緒に百のマンション行こ』
「!! うん!」
捕まえたタクシーに乗り込んでから、私はポケットに手を差し込む。そして、さきほどの焼肉屋で貰っていたミントタブレットの封を切った。
個包装されていた2粒を口に放り込むと、舌の上で ゆっくりと溶かす。
不思議な事に、もうタブレットを噛み砕こうという気には ならなかったのだった。