第28章 く、食われるかと思った
監督と大和の会話を盗み聞くのは、この辺りにして。そろそろ楽の元へと向かう。
しかし私が近付くと、楽は大きく顔を背けた。
『?』
彼はそのまま、無言で歩き出した。そして、出口付近で大和と談笑している監督に、一言挨拶をする。
「監督、ありがとうございました。俺は、これで」
「ああ、お疲れ様!また明日もよろしくね。あ、楽くん。最後の表情、凄く良かったよ」
「失礼します」
短く言うと、そのまま階段を降りていく。様子のおかしな楽の背中を追いかけながら、彼の名を私は2度ほど呼ぶ。
私が、楽 と呼んだ時。監督に笑顔を向ける大和と、ちょうどすれ違った。
目を合わせる事もしないまま、私と大和はどんどん離れていった。
『……楽』
彼は無言のまま、階段を降りる。そしてエレベーターへと乗り換えた。
一向に返事をしてもらえないが、私はまた彼の名を口にする。
『楽』
楽屋へと辿り着いた私達。楽は飛び込むように入室した。その後に続いて、私も扉を潜る。
それから、すぐに内鍵を掛けた。すると、今までずっとこちらに背を向けていた楽が、ぐりん!と振り向いて言った。
「く、食われるかと思った」
『その言葉が溢れないよう、ずっとだんまり決め込んでたんです?』
楽は答えず、ネクタイを緩めながらソファへドカ!っと座り込んだ。
それから右手で髪をぐしゃぐしゃとして、悔しそうに言った。
「って、いうか…。
なぁ春人。俺は…、あいつに 食われてなかったか?」
『貴方がそんな顔をするのは、珍しいですね』
楽は、不安そうな瞳で私を見上げた。
どう声を掛けようか、頭の中の引き出しを弄りながら。私は対面の席に腰を下ろした。