第28章 く、食われるかと思った
宣言が終わると、彼は再び出口に向かって歩き出した。楽に背中を向けたまま、後ろ手で挨拶をする。
そんな大和を、楽は苦々しい顔で見つめ続ける。拳を握り締め、唇を噛み締めた。
「っ……!」
「お、オッケー!!」
監督の声が、屋上に響き渡った。
その声が、全員を一気に現実へと引き戻してくれた。
私を含む全員が、ほぅっと熱いため息を零す。大袈裟かもしれないが、ようやく生きた心地がしたのだ。
場を支配していた ありえない程の緊張感から、ようやく解放された瞬間だった。
スタッフが、テキパキと撤収作業を始める。そんな中、監督が大和へと駆け寄った。
「ちょっとちょっと大和くん!いやー良かったよ!」
「勝手な事しちゃって、どうもすみません。
でも最後まで好きなようにやらせてくれて、ありがとうございました」
「あんな演技見せられちゃ、止められるわけないよ!でも君、現場入ると本当に化けるねぇ…読み合わせの時は気付かなかったよ」
「はは。それはさすがに褒め過ぎですよ」
「でもたしか、まだそんなに場数踏んでないよね?どこでその演技力というか、役への没入力を学んだのかな?」
「うーん…それはまぁ、企業秘密って事で」
この監督は、知らないのだろう。
大和が、千葉氏の血を濃く引いているということ。
やはり、血は…いや。天才は恐ろしい。
経験とか、努力とか。そんなものを、ヒョイと軽く超えてくるのだから。
「っていうか大和くんさ、最後の決め台詞の時、僕の方見てた?見たよね?
いや年甲斐にもなくキュンとしちゃったよ!」
「え、いや、」
「あはは!まるで自分が言われてるような気になってさぁ」
「ちょ、違」
「僕へのアピールだとしたら大成功だよ!しっかり君の顔と名前とその演技力、覚えたからね!」
なるほど…。大和のあの決め台詞は、カメラでも私でもなく、監督に向けられたものだったか。
たしかに、あのアドリブは素晴らしいものだった。ドラマの脚本を邪魔しない程度に、盛り上がりどころを1つ作ってしまったのだ。
大和は監督へ、見事に自分の力を見せつける事に成功したといえよう。