第28章 く、食われるかと思った
『………』
終わった。私は意識せず、小さく息を吐いていた。
ようやく解放された気がしたから。役に入る大和を見ている間中、心臓を彼に鷲掴みにされているような心地だったのだ。
大和が、くるりと楽に背を向けて出口へ向かう。
それを見た監督は、オッケー!と合図を出すのに備えて、メガホンを取った。
監督が合図を出せば、それで 今日の撮影は本当に終了する。
しかし…
大和は、扉を開けずにピタリと立ち止まる。
楽、私に監督。そして脚本家にカメラマン。
大和の行動が、台本通りでない動きだと気付いた人間全員に、緊張が走った。
台本通りではない行動。つまりは…
『っ、』
(アドリブだ)
「……どうしたのかな」
(こいつ、俺相手にアドリブぶっ込むつもりか?本当に、いい度胸してやがるな)
「あんたのお喋りが、オレにも移ったのかね。なんか今どうしても、宣言したくなったわ」
「はは。僕には、余計な事は何も言うなって言ったくせに。あなたは狡いな」
「そうそう。オレはあんたと違って、狡くて汚い人間なんだよ」
「聞いてあげてもいいよ。その宣言ってやつを。
僕は “ 真っ直ぐで綺麗で純粋で汚れてない人間 ” らしいからね」
「…いいねぇ。ほんの少しだけ、あんたの事が好きになれそう」
監督は カットの声をかけず、メガホンを握り締めて静かに見守っている。
声など、かけるはずがない。
いま舞台上は、完全に2人の世界。2人の男が、火花を散らして斬り合っている。
たとえ監督とて、邪魔など出来るはずがない。