第26章 居なくなっちまうんじゃねえの?
『そうですね。私が八乙女プロに来たのが、約8ヶ月ほど前。
春人と名乗るようになったのは、その時からですね』
「男装を始めてから すぐの頃は、勿論 今みたいな状態じゃなかったんだろ?」
『……そういえば、そうです。たしか、ここまで顕著じゃなかったと…』
記憶を手繰る。
あれは、環とレストランで食事をした時だ。
その時 私は、完璧に春人に扮していた。しかし、環の事を思い出した瞬間からは、敬語を使っていなかったはずだ。
心臓が、ドクドクと大きく脈打っている。
——あれ?
私は、一体、いつから…
「やっぱりな。
ちょっと違和感があったんだよ。いくら気合い入れて男装してるからって、こうも完璧になりきれるのかって。
あんたを見てたら、俳優が役を演じるって域を優に越えてんだよ。
案の定さっき自分でも言ってたよな。
春人に “ 入る ” って。
俺の勝手な予測だけどな、あんたは多分
エリ を殺し過ぎてる。今の状態のまま春人を続けてたら、居なくなっちまうんじゃねえの?
素の エリが」
『………』
予感は、あった。
TRIGGERに出会った頃から、私はほとんどの時間を春人として過ごした。
それだけじゃなくて、さらに多くの人格を形成して、演じた。業界人に自分を売り込む為。好意を抱いて貰う為に。
自覚は、あった。
本当の自分が、本当の私が、霞んでいく自覚が。