第25章 その綺麗な顔が、どんなふうに歪むのか
「ま、いいや。せっかく 伝説とまで言われる元アイドル様が目の前にいるんだ。一曲聴きたいな〜 なんて」
『いいですよ』
「いいんですか」
『♪
ある日 林の中
虎さんに 出会った
花咲く 林の道
虎さんに 出会った
虎さんの 言う事にゃ
お嬢ちゃん お逃げな 』
「ストップ、ちょっとストップ!ごめん。こっちから頼んどいてあれだけど、お兄さん その歌は嫌だなあ」
『おや、お嫌いで?
お嬢ちゃんが猛獣に落し物を拾ってもらい、お礼に歌を贈るという なんともハートフルな曲ですが』
「知ってる知ってる。むしろ知り過ぎてて、歌の上手さとか何も入ってこなかったんだわ」
『残念です』
「なんかごめんな。これでも結構頑張って聞いた方よ?」
酎ハイを持っていない方の手で、額を押さえる大和。若干 卑怯なやり方ではあったが、これで諦めてくれると ありがたい。
歌わないで済むのなら、歌いたくない。
歌えば、どうしたって過去を思い出すから。
「あー…歌はもういいや。だから次は」
『待って下さい。なんだか、二階堂さんばかり私に要求して狡くないですか?』
「!
はは、狡い…ね。確かに。じゃあこういうのはどうだ?
俺とあんた、交互に 相手の要望に応える」
そう言って薄く微笑んだ大和。
間接照明の光が 眼鏡に反射して、その奥にある目が見えない。
見えはしないが、きっと悪巧みをする狡猾な目をしているに違いない。
だがしかし。きっと私の方も、彼に負けじと不敵な顔をして笑っていることだろう。
『その提案、乗りました』
「さすが えりりん。ノリがいいな」
『……撫子さんには、質問に答えて貰います』
「謝るんで撫子は勘弁して下さい」
『次はありませんよ』