第25章 その綺麗な顔が、どんなふうに歪むのか
「あと、そうそう。
なんで仕立て屋に、わざわざタクシーに乗るように指示したわけ?」
『え?あぁ、それは…
こちらへ向かう途中で、事故でも起きたら大変だと思いまして』
大切な取引先に粗相をやらかし、業者は焦りに焦っていた。
人は極限まで焦ると、いつも当たり前に出来ている事さえ出来なくなってしまう。車の運転だってそうだ。
「へぇ。あの土壇場で、そこまで考えが及ぶもんかね」
『ちなみに、タクシーを利用してもらった理由は、それだけではありませんよ』
「そうなの?」
『理由、当ててみて下さい。
正解した暁には、この季節外れの時期にビニールハウスで育てられた お高い苺を差し上げましょう』
私は、林檎のタタンの隣に添えられた、バニラアイスの上に鎮座する苺を指した。
「それ、欲しすぎるから絶対当てるわ。
うーん…と言っても、見当も付かねえな…」
『頑張って下さい』
「っておい!苺食ってるじゃねえか!あんた、俺が当てられるわけないって決めてかかってるだろ!」
『やはり旬の苺よりは味が劣りますね。美味しいですけど』
「もう早く答え教えてくんない?」
大和は肩を落として言うと、自分の皿に乗った苺をフォークで突き刺した。
『理由は2つ。
まず1つ目。タクシーの運転手さんは、職業柄 道に詳しい方が多いでしょう。だから、最短ルートを通って こちらへ向かって来てくれるという可能性に賭けました。
2つ目です。タクシーはたくさん客を運んでなんぼ。顧客の乗車回転率を上げる為に、目的地まで急ぐ運転手さんが多いんですよ。
おのずと、それなりのスピードで走る方が多い。
まぁ2つ目の理由に関してだけ言えば、清々しいくらい賭けには負けたわけですけど」
「お前さん…いつもそんな面倒くさい事考えて生きてんの?」
『面倒くさい奴、よくそう言われます』
「でもまぁ、凄いとは思うから 俺の苺を進呈しよう」
私のデザート皿に、小さな穴が3つ空いた苺がコロリと転がった。