第1章 もしかしなくても、これって脅迫ってヤツですか?
薄暗く、人気の無いセット裏。
埃を被っている様子を見ると、随分長い間使われていないのだろう。
ここなら人目に付かず話しが出来る。
「…中崎ちゃん…ふふ、今日のライブのお礼…分かってるよね」
彼は私の尻に手を這わせると、下卑た笑みを浮かべた。
『承知していますよ。今日のライブが成功したのも、御社のお力があってこそ。
また後日…こちらから連絡をさせて頂きます』
「…楽しみにしてるよ。また君と、楽しい夜を過ごせるのを待ってるからね」
私は顔面に笑みを貼り付けて、男が立ち去る後ろ姿を見送った。
『——はぁ』
結論から言うと、私は枕営業で 今回のライブ開催までこぎつけた。
さらに言えば、それを悪い事などとは全く思っていない。
アイドルがデビューする上で一番大切な物は…
“ 運 ” だと私は考えている。
平たく言えば、今回ここでライブを行えたのは他でも無いミクの強運の賜物だ。
枕営業を武器に出来る 中崎エリをプロデューサーに持ったのは、彼女の運なのだから。
未だ Lio を探し続けている業界人もいるというのに。
その伝説のアイドルが、こんなふうに裏でひっそりと枕営業か…。
『ふふ、笑える』
本日何度目かの嘲笑を、私は堪える事なく口元にたたえる。
それにしても…皆んなが必死になって探している元アイドルが、ここにまだこうして堂々と働いているというのに…。
誰一人として私の正体に気が付かないでいる。
いくらメイクを変え 髪型を変え、パンツスーツに身を包んでいるとはいえ…。
まぁ所詮、人とはそんなものなのだろう。2年もあれば記憶は薄まるもの…もはや名前だけが一人歩きしているのでは?とさえ思えてくる。
そんな事より、こんな場所で時間を無駄にしたくは無い。
私はさきほど男に触られた部分を、なんとなくパンパンと手で払う。
そしてミクの待つ楽屋へと戻る為、踏み出した。