第22章 私にも、出来るでしょうか
『時間は、大丈夫ですか?たしかIDOLiSH7のリハは、頭から3組目でしたよね』
空いていた小部屋を借り、その部屋の席に着くなり春人は言った。
プロデューサーなら、TRIGGERの出番だけでなく 他のグループの出順まで把握しているのが一般的なのだろうか?いや、多分違うと思う。
いや、もう彼に関して驚くのはやめよう。キリがない。
「まだ余裕があるので、大丈夫です」
『そうですか。では…何から話しましょうか。
私が普段、何に重きを置いて仕事をしているか…そんな話でもしてみましょうか。参考になれば良いのですがね』
少し やりにくそうに、彼は話を始めた。
『必ず念頭に置いているのが、次もまた、一緒に仕事をしたいと思ってもらえるように振る舞う。です。
その為に、相手に好かれる努力をしているんですよ』
「その努力というのが、その人その人が求めている、理想の人物像の構築なんですね」
『はい。平たく言ってしまえば、演技ですね。
私は、その人が望む理想像を演じる。
ただ、やはりこれは おすすめしません。特に一織さん、あなたは真似しない方がいい』
「何故です?」
『…分からなくなるんですよ。演技ばかりしているとね。
本当の自分が、見えなくなるんです。忘れてしまうんですよ。自分は本来、どういう人間だったのか。
私のように、ね』
春人は、悲しそうに目を伏せた。それは儚くて、寂しくて。初めて見る彼の表情だった。
しかしほんの一瞬で、そんな表情は消えてしまう。まるで、私の気のせいだったのかと感じるくらいに。
今はもう、いつものクール顔だ。
『ですが、相手に好かれる努力は誰にでも出来ます。その第一歩は、まず相手を調べる事です。
その人が、何をされれば喜び、何を言われれば怒り、何を大切にしているのかを。
実際、私はパソコンを眺めている時間って かなり長いんですよね。
その人が載っている記事、インタビュー、手掛けた作品。出来る限りの情報を集めて頭に入れます。それだけでも、かなり人となりが知れますから』
そこまで喋って、彼は初めて喉を潤した。