第3章 今の寝言は、特別に…聞かなかった事にしてあげる
男が男を、お姫様抱っこして廊下を歩く。
周りからは好奇の目を向けられるが、まぁ社内だからセーフとしよう。
それよりも、なんだか良い匂いがする…。
「って!何を考えているんだ俺!!」
さすがにここまで来ると笑えない。
『…ぅ、ん…』
彼が、俺の腕の中で小さく身じろいだ。
その小さな頭を 俺の胸に擦り付けて、満足そうに眠っている。
長い睫毛、キメの細かい肌。
「…ほんとに、女の子みたいだ」
またそんな、笑えない事を考えてしまう。でもすぐに頭の中から打ち消した。
こうまでして起きないのは、もはや奇跡みたいだと思う。
目的の部屋に着いてから、彼をゆっくりとベットに降ろす。
「よいしょ…と」
さすがにこのまま寝かせては、スーツが皺になってしまう。
俺は彼の上着のボタンを上から順に外していく。
「……失礼しま、す」
また、この言い表しようのない罪悪感…。寝ている隙に、女の子にイタズラをしているような錯覚に陥ってしまう。
「ああもう、さっきから何考えてるんだよ!俺は…!」
するりと袖から腕を抜く。こんな事をしても彼は 起きる気配を全く見せない。
襟首とネクタイの間に指を入れて、窮屈そうなタイを少し緩めてやる。
…男の俺が見ほれてしまうくらいの綺麗過ぎる寝顔に、ついじっと見つめてしまう。
「よっぽど疲れてたんだな…。ありがとう」
俺は弟達にするみたいに、彼の頭を優しく撫でる。
すると…
ぱしっ!
「っ!?」
突然、その腕を掴まれた!まさか起こしてしまっ
『八乙女、楽……』
「?え、楽…?」
『この、…顔だけ男』
「…………っぶは!」
彼は完全にまだ夢の中。従って、いまのは寝言だ。それを理解した瞬間、笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。
とんでもない寝言を聞いてしまったような気がする。
「なんで、楽なんだろう。っくく、…何か恨みでもあるのかな」
楽に対して、顔だけ男。なんて…よっぽど彼に対して良い印象を持っていないのだろう。
「…はは。仲良くしてくれると…嬉しいんだけどな。
今の寝言は、特別に…聞かなかった事にしてあげる。
あんなに素敵な曲を、俺達に提供してくれたお礼ってことで。本当にありがとう。
ゆっくり、おやすみ」
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