第18章 あれ?俺って…アイドルだよな
【side 八乙女楽】
海が見たい。
彼女は言った。
なんでも、最近 海に来る機会があったのだが、仕事の都合でゆっくりと眺める時間が無かったのだという。
それは好都合。とばかりに俺は車を走らせ、エリの望み通りに海へとやってきた。
これで、まだ彼女と一緒にいられる。
と、こんな事を考えてしまう俺がいた。こんな気持ちになるなんて、自分でも信じられなかった。
どうして、こんなにもエリと一緒にいたいと願う?
どうして、さっきエリを抱き締めた?
理解が及ばない。
俺は、Lioが好きなのに。
『海のバカヤローーー!!』
海に向かって、本当にそう叫ぶ奴を 生まれて初めて見た。
「満足頂けてるみたいで俺は嬉しいけどな」
『ほら、楽も叫んでみたら?スッキリするよ』
「俺は死んでも言わねえ」
何の意味も無く、2人で海岸沿いを歩く。
こんな時期に海に来る酔狂な奴はまずいない。事実、冷たい風を受けながら水辺を歩く人間など、俺達以外には誰もいなかった。
「おい、寒いだろ。俺の上着貸し」
『あぁ、お構いなく。羽織る物持ってるから』
「ムードとか!なんかこう、雰囲気とかちょっとは考えろよ!」
一度女の為に脱いだ上着を、もう一度着直す男の気持ちを理解しようとして欲しい。
しかし彼女は、カラカラ笑いながら鞄の中からストールを取り出した。
顔が似ていたって、彼女は Lio ではない。
Lio は、こんなふうに感情を外に出して笑わない。
俺の中の記憶…
もう2年半以上、いや もう少しで3年になるか。初めて Lio に会ってから。
本名さえも分からない彼女は もっと無口で、ぶすっとしてて、可愛げのない女だ。
しかし。そんな彼女も、ある場所でだけは最高の笑顔を見せる。
それは、ステージの上。