第16章 泣いてなんて、ないよ
きっと私は、マスターが言っていたように、人との距離を空けたがる癖がついていたのだろう。
そうして2年間を過ごしてきたものだから、忘れてしまっていたのだ。
人と親密になる過程の、嬉しさと、このなんとも言えない恥ずかしさを。
「お、おい、今こいつ…天の事を九条さん、じゃなくて 天って、」
こちらを指差している楽は置いておいて、龍之介に向き直る。
『ところで…今日は、貴方だけ別撮りですよ。特番の台本は頭に入ってますか? 龍』
「っ、う、うん!勿論!」
下の名前で呼ばれただけで、この嬉しそうな顔。天も龍之介も、とても良い顔をしている。
こんなに喜んで貰えるのなら、もっと早く こう呼べば良かった。なんて、都合の良い考えを持ってしまう。
「春人、俺は…」
楽が、期待の眼差しで私を見つめている。
『……貴方には今日、姉鷺さんが同行してくれる予定です。八乙女さん』
「なんで俺だけ苗字のままなんだよ!!」
『ふ、あはは、』
「!!
お前っ…笑って誤魔化すの悪い癖だぞ まじで!」
楽は、吹き出してしまった私に、ヘッドロックを決めた。そんなふうにジャレ合う私達を見て、天も龍之介もまた、楽しそうに笑い出すのだった。
ここまで来るのに、こんなにも時間がかかってしまった。
メンバーを信用する。なんてのは、一緒に高みを目指す上で 一番最初に済ませておくべき必須項目だというのに。
こんなにも遠回りしてしまった自分が恥ずかしい。
『 天 』
けれど、こんな情けない私を。
『 龍 』
見放さないで、根気よく側にいてくれた貴方達を。
『 楽 』
いつの間にか、私はこんなにも大切に想っている。
『改めて、今日からまた よろしくお願いします』
今日、私達の心の距離は、確実に近付いた。