第16章 泣いてなんて、ないよ
私は、環を後ろに乗せてバイクを走らせていた。
「……飲酒運転」
『言ってなかった?コンクラーベはノンアルコールカクテルだよ』
環は、せっかく大好きなバイクに乗っているというのに 不貞腐れていた。
どうやら、自分の方が私を家まで送り届けたかったのに、逆に送られているのがお気に召さなかったようだ。
『どうせ寮の皆んなに、ろくな説明もしないで飛び出して来たんじゃない?』
「…まぁ、そうだけど」
でなければ、傘も持たずに あんな土砂降りの中、やって来る事はしないだろう。
しかし、それが分かっていながら こんな時間まで彼を引き止めたのは私が悪い。責任持って環を送らなければなるまい。
IDOLiSH7が住む寮に到着すると、私はピシっとスーツと姿勢を正す。
「べつに、挨拶とかいーのに」
『そうはいきませんよ。小鳥遊プロの大切なアイドルを、こんな時間まで連れ回したんです。
責任者の方にしっかりと挨拶をしなければ』
「仕事モードになってっし。敬語ヤだ」
環は、ぶつくさ言いながらも玄関扉のドアノブへと手を伸ばした。しかし、彼がドアを引いた瞬間に、中から女の子が飛び出した。
「キャっ、」
恐らくは、彼女もちょうど室内からドアを押そうとしていたところだったのだろう。しかし、同時に環がドアを引いた事でバランスを崩した。
私は咄嗟に、倒れ込みそうになっている彼女を抱き止める。
『大丈夫ですか?』
「は、はい!これは、どなたかは存じませんが危ないところを…
って、環さん!いま探しに行こうと…!」
私から離れて自立すると、彼女はアワアワと言葉を並べた。
私は環の方に、ちろりと視線を向ける。すると彼はようやく彼女を紹介してくれた。
「あー、この人は、俺達のマネージャー」
「どうも、小鳥遊 紡です。
さきほどは助けて頂き、ありがとうございました」
そう言って深く頭を下げる彼女からは、ふわりと女の子の良い匂いがした。