第16章 泣いてなんて、ないよ
案の定、環の目がキラキラと輝き出す。
「ふーん、おもしれ。じゃあ、えりりんが今飲んでるやつは!?」
もうこうなっては、止めても無駄だろう。きっと環は、このカクテルが持つ本当の意味を知るまで騒ぎ続けるに違いない。
諦めのついた私は、自ら口を開く。
『コンクラーベのカクテル言葉は、“ 鍵のかかった部屋 ” だよ。タマちゃん』
「鍵のかかった、部屋…」
環は、確かめるように繰り返して言った。
そのタイミングで、マスターは私と環の前から姿を消す。2人きりの方が話をしやすいと気を利かせたのだろうか。
誰も居なくなったカウンターの中に視線を泳がせて、また口を開く。
『私…自分の喉の病気の事、望んで誰かに話したのって 今日が初めて。
今日までは、ずっと 秘密に蓋をして、押し込めて、鍵かけて。誰にも見られないように必死に隠してた。
歌えなくなった自分が、ポンコツみたいで、恥ずかしくて…悔しくて。苦しくて悲しくて。
大丈夫。大丈夫。って自分に言い聞かせて、今まで過ごして来た。
でもね、タマちゃん。
今日、貴方が そんな私の心の扉を開けてくれた』
びっちりと閉ざし続けてきた心。それはまるで、2年もの間 換気を一切していなかった廃屋のようだった。
埃が積もり、窓や扉が錆びついてビクともしない。
そんな廃屋に、ふらりと環はやってきた。そして、強引に窓をぶち壊したのだ。
そして彼の歌声は、爽やかな風となり 私の心を浄化した。
積年、溜まりに溜まった暗い感情は、埃と共に外に吹き飛ばされてしまったのだ。
『ありがとう。
心の中の汚れた部屋を…鍵のかかった部屋をね…タマちゃんが、綺麗にしてくれたの。
気持ちが凄く軽くなったよ。ありがとう』
私が何度お礼を伝えたって、感謝の言葉を贈ったって、きっと半分も彼には届きはしないだろう。
そう思うくらいに、私は環に感謝している。