第16章 泣いてなんて、ないよ
地下ステージを後にし、私と環はバーカウンターの前に腰を落ち着ける。
私の顔を見るなり、マスターはにっこりと笑った。まるで、憑き物が落ちたような顔をしていますよ。とでも言いたそうだ。
『コンクラーベ、下さい』
なんだか全てを見透かされているみたいで恥ずかしくて、唇を尖らせて注文をした。
しかし私が注文したカクテルを聞いたマスターは、より一層口角を上げるのだった。
『タマちゃんも、好きなの頼んでいいから』
私がメニューを環に手渡すより早く、彼は希望の品を口にした。
「んじゃあプリン一丁!」
『飲み物で』
「………」
心の底から不服そうな環。
『………』
カウンターに座ってプリンを頼む男を、正気なのか?と見つめる私。
「では、ミルクセーキをお作り致しましょうか」
マスターは、無言で睨み合う私達に そんな代替案を提供した。
「うま!!」
環は、グラスに注がれたクリーム色の液体を口元に付けて大はしゃぎだ。
「これ超美味いって!プリンだ!飲むプリン!!オッさん実は凄い奴だったんだな!」そんけーの眼差し
「恐れ入ります」
『タマちゃん!マスターって呼びなさいってば』
静かなバーで大きな声を出してしまう環を見つめ、やはり彼をここに連れてくるには数年早かったか。と後悔する。
頭を抱える私とは対照的に、やはりマスターは終始嬉しそうだった。
「四葉様。
カクテルにはそれぞれ、カクテル言葉というものが存在するのはご存知ですか?」
マスターが語り始めた言葉に、私はギクリと反応する。
「カクテル言葉?知らない。花言葉の親戚?」
「ええ。その通りです。いま彼女が口にしているカクテルにも、隠されたメッセージがあるのですよ」
私は堪え切れなくなってマスターを睨み上げる。
『マスター、ちょっと今日はお喋りなのでは?』