第16章 泣いてなんて、ないよ
今度は、髪を撫でられる。
丁寧に、丁寧に。彼の手が、何度も大きく頭の上を往復する。
「俺には、えりりんの気持ちは分かんねぇよ。
だって、俺は歌えるから。
歌いたいのに、歌えない…そんな奴の気持ちは、想像するしか出来ないけど」
『……』
「ちょっと想像するだけで、胸がぎゅってなって、泣きそうになった。
いっぱいいっぱい、辛かったよな。苦しかったよな。だからえりりんは、大丈夫だとか嘘つかねぇで、今みたいに 好きなだけ泣いて良いかんな」
環の言葉を受けて、私は自分の頬に手をやった。
もしかしたら、彼の言う通り 私は泣いているのかもしれないと思ったから。
無意識で、涙を流しているのかもしれないと思ったから。
しかしやはり、頬は濡れてなんかいない。
私の涙は、もうとうに枯れてしまっているのだろう。
『私は…泣いてなんて、ないよ』
「心が、泣いてんよ」
年下の男の子に抱きすくめられて、頭を撫でられて、まるで子供扱い。
それなのに 腹が立つどころか、ただ心地良くて…。ここは、幸せ。彼の腕の中は、幸せが満ちている場所だと感じた。
環は、大丈夫だと嘘を付いた私を優しいと言ったけれど。私からから言わせれば、今目の前にいる この男の方が絶対に優しいと思う。
優しい人は、今までにたくさん傷付いてきた人。
傷付きながら生きてきた人間は、人の痛みを身をもって理解する。だからこそ他人には優しくなれるのだと聞いた事がある。
それは、とても悲しいけれど。その辛い経験が、彼をこんなにも優しい人間に育てたのだろう。
ありがとう。
私の傷に触れてくれて。
ありがとう。
私の嘘を見抜いてくれて。
貴方は本当に、優しい人。