第16章 泣いてなんて、ないよ
必死に追いかけてみるが、彼の歌声の暴れること、暴れること。
いつも一緒に歌っている相方に同情してしまうほど。
野山を駆け回る兎のように。大海原を泳ぐイルカのように。跳ねる。まわる。なんて自由で、なんて悠然。
駄目だ駄目だ。
“ 追いかける ” じゃ駄目なんだ。
私も、一緒に…。ただ、遊ぼう。
「『 」』
あ…いま、たしかに 重なった。
震える喉から、甘美な振動が脳に響いていくような、なんとも言えない、極上の心地良さ…。
『———っっ、』
「!!」
夢心地も、そこまでだった。
また、これだ。
喉がツン と引き攣るような、違和感。もっと伸ばしたいのに。もっと声量が欲しいところで、必ず訪れてしまう 暗い影。
「えりりん、大丈夫?」
『……うん。平気、ごめん』
私は喉を指でなぞって、俯いた。
今ので、環には確実に伝わっただろう。私が、もう以前のようには “ 歌えない ” こと。
「なんていう、病気?」
『……痙攣性発声障害、って。言って分かるかな』
私は、ついに自分から彼に打ち明ける。
「ごめん、分かんない」
『痙攣性発声障害は、声を出そうとすると 自分の意思とは無関係に声帯が異常な動き方をしてしまう病気。
声を使う仕事をしてる人が、よくかかる病気でね。歌っていると、声が詰まって出にくくなったり、勝手に声が震えたり。
とてもじゃないけど…。この病気にかかってしまったら、歌手としてはもう
生きていけないの』
そう。
これこそ、私が Lio を捨てた理由。
歌手としての自分を、殺した理由だ。