第16章 泣いてなんて、ないよ
「えりりんだ」
「え?」
「環くん!分かるよ…僕も初めて彼女の歌を聴いた時は、あまりの完成度に驚いて君と同じようになったから。そうだよね、感動するよね…っ」
壮五は、まだ余韻から抜け出せていない環の手をとって。ぶんぶんと力任せに握手していた。
俺には、分かってしまった。
環は、壮五が言うように、歌が上手くて驚いたとか 感動したとか。そういう感情では、ない。
この涙は、そうじゃない。
もっとこう…上手く言えないが、
長年 恋い焦がれた想い人に再会した時のような、ようやく大切な人を見つけられた時のような、そうした感情。
まさしく、“ 恋 ” じゃないだろうか。
それに、興奮しきった壮五には聞こえなかったようだが。環はたしかに呟いた。
“ えりりん ” と。
それが一体、誰を指すのかは俺には分からない。しかしきっと、その人物は環にとって人生の一部で。自分の一部で。
大切、なんて言葉ではもはや表せないくらいの存在なのだという事は、理解出来たつもりだ。
「もっかい、なぁもっかい!」
環は袖口で涙を拭うと、鼻が詰まった声で言った。まるで子供が親に、何度も絵本の読み聞かせをせがんでいるシーンのような微笑ましさだ。
「うんうん、いいよ環くん。何度でも聴こう」
すぐに壮五は、デッキを操作してまた音源を頭から流してやる。
すると環は、今度は目を閉じて 落ち着いた表情でまた 彼女の声に聴き入るのだった。