第16章 泣いてなんて、ないよ
「…まぁ、話くらいは さすがに聞いた事あるぞ」
質問を質問で返された事に、多少面食らいはしたが。俺は頭の中で、Lioに関する知識を総動員させてみる。
「たしか、2年くらい前に アマチュアデビューした ソロアイドルだったよな?
歌も踊りも、周りの人間が全員認めるほど才覚があるのは明白だったのに、どこの事務所とも契約しないで雲隠れしたって噂だ。
不思議だよな。メジャーデビューさせてやるってプロダクションは数多存在したってのに。
そのデビューライブは、すげー小さい箱でやったらしくて 今じゃ映像どころか音源すらも残ってないらしい。
それでも そのライブは伝説になってて、今でも多くの事務所が彼女を探してるって話。
ま、俺が知ってるのはそれぐらいだな」
長い説明にも 飽きる事なく、まるで食らいつくように聞き入っている。
ここまで集中力の高まった環を、ステージ上以外ではあまりお目にかかった事がない。
「Lio の1番 秀でた才能は、歌でも踊りでもありませんよ」
「お。おかえりーイチ」
そこへ、制服姿の一織が帰って来た。よく見ると、髪には雫がついている。肩口も濡れていて、その部分の制服の色が少しだけ変わっていた。
「雨か」
手で雫を払う一織を見て、俺はタオルを取りに洗面台へと向かう。
「ええ。天気予報では、降るなんて言っていなかったんですけどね」
俺がフェイスタオルを手渡すと、一度 鞄を下に置いた。そして体の上から順に 濡れた箇所にタオルを当ててゆく。
「いおりんは、Lioのどこが1番スゲー って思う?」