第118章 Another Story
私と天が、九条邸を出る際。下りて来た理が、私に抱き着いた。
良かったね。本当に良かったと涙を流して、彼女はまるで自分のことのように喜んでくれた。こんなに祝福されては、盗み聞いていたことを嗜めることなど出来なかった。
そして、玄関まで見送りに出てくれた九条が、私だけに小さく呟く。
君は男を見る目があるよ。そう言った後、天に笑顔を残して宅内へと戻っていった。
その笑顔は、やはり少し寂しそうだった。彼が天を引き取ったのは、最初こそアイドルとして育て上げるという理由が全てだったかもしれない。しかし現在は、それだけの理由で天を側に置いていたのではないのだろう。さっきの笑顔が、それを物語っていたから。
『九条さん、寂しそうだったね』
「あの人はもう、ボクがいなくても大丈夫」
『側にいなくて大丈夫でも、側にいて欲しいとは思ってるよ。きっと』
「そうかな」
あっさりと言った天も、九条同様寂しそうに笑っていた。彼もまた、この決別が全くの平気だというわけではなさそうだ。
「でも、これが最後の別れってわけじゃないから。九条さんには、まだまだ教えて欲しいこともある。だから、またすぐに会いに行くよ」
『そうだね。きっと喜ぶ』
天は頷いた後、もう少しで右だと指示を出した。私は右折の為に車線を変える。
『で、ですよ。
どうして、九条さんに前もって話していることを私に黙ってたんですか』
「敬語のキミには教えてあげない」
『もう、天…』
彼は悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、くすっと小さく息を吐く。
「どうしても、見たかったから。キミがボクの為に、一生懸命になるところ」
『あぁそう。で?満足は出来た?』
「もちろん。キミの愛を確かに感じたよ。だから家に帰ったら今度はボクが、キミへの愛を示さないとね」