第118章 Another Story
じっと、九条の落ち窪んだ目が私を食い入るように見つめる。ごくりと喉を鳴らせば、寒いのに汗が私の背中を伝った。
長い長い沈黙の後、ふぅ と彼が諦めたように溜息を吐いた。そして、私ではなく天に声を掛ける。
「天。この辺りで満足かな?」
私が頭上にハテナマークを浮かべているというのに、隣の天はなんとも幸せそうに瞳を細めている。
「ふふ、はい。もう十分です」
「まったく。そんなふうに満ち足りた笑顔をされたら、本当に何も言えなくなってしまうよ」
『あ、あの…なんの話ですか?』
私は即座に種明かしを求めた。もちろん視線を向けたのは、隣の彼にである。
「キミには言ってなかったんだけど、実はもう話は通ってたんだ」
『はい?』
「九条さんには前もって、ボクから伝えてたってこと。二人の関係も、同棲の話も」
『そ、そうだったんですか。なるほど、もう同棲の話まで…。
って、ちょっと待って。同棲の話ってなに』
私は掴み掛かる勢いで、天を問い質す。すると彼はケロっとした顔で、キミにはまだ話してなかったから知らなくて当然だ。なんて言ってのけるのだった。
「いいかい?キミがそのマンションを出入りする際は必ず春人の姿で、だ。セキュリティが万全だとは言え、パパラッチに隙を見せないこと。スキャンダルなんて、天の身に起こってはいけない。それは分かるね?あぁ、後…」
九条のお小言が続いているが、私の頭には “同棲” の二文字だけがぐるぐると回り続けていた。九条の話から察するに、そこはマンションで、しかももう物件は決まっているかのような物言いだ。
「べつに、話したくなければ無理にとは訊かないけど…その…。君達の、馴れ初め、とかは…どんな感じだったのかな」
『「……」』
(あ。そういうの、訊いてくれるんだ…)