第118章 Another Story
「理」
天が彼女を呼ぶ声は、ひどく優しかった。彼の唇が自分以外の女性の名を紡ぐだけで、耳を塞ぎたくなってしまう。ただ義妹の名前を口にしただけだというのに。私はいつから、こんなにも深くて醜ささえ孕む愛情を抱いていたのだったか。
「ごめんね。少しだけ席を外してもらってもいいかな?」
天が言って瞳を細めると、理は素直に小さく頷いた。ただ、自室へと向かう際に一度だけこちらを振り向いてから、その桃色の唇を動かす。
「私は、二人の幸せを願ってるよ…!」
理の想いが胸いっぱいに広がって、ありがとうの言葉が喉につかえて出てこない。
「ありがとう。理」
天が、代わりにその五文字を彼女に伝えてくれた。
そして階段を上る小さな足音が完全に消えてから、九条が今までになく真剣な声色で私に問う。
「プロデューサーという立場でありながら、アイドルに手を出した。ということだね?」
『そう、ですね。否定はしません』
「はぁ…受け持ちアイドルと特別な関係になるなんて。君には、プロデューサーとしての矜持はないのか?」
九条の言葉は、冷たく厳しい。しかしそれが何も間違っていないことは、私が一番よく分かっている。
『でも…。好きに、なってしまったんです』
「君になら大切な天を預けても良いと思った、過去の自分を殴りつけてやりたい気分だ」
『理屈じゃ、ないんですよ』
私と九条のやり取りを聞いていた天は、気遣うような瞳でこちらを見つめている。そして、細い声で私の名前をひとつ呼んだ。
彼に、大好きな天にそんな顔はして欲しくない。そんな声を出して欲しくない。
私は強い力で天の手を握り、九条に向き直った。
『私は、天の才能に惚れています!彼の1番近くで…プロデューサーとして傍にいたからこそ、誰よりも惚れ込んだんです。この愛情は、決して貴方にも負けていない自信がある!』