第118章 Another Story
「冗談だよ。お腹が空いて仕方がないって顔してる。手を拭いたら、食べながら話してくれればいいから」
『天はなんと慈悲深いんでしょう。ではお言葉に甘えて』
説明と食事の同時進行を許されたところで、私は早速その2つを進めていく。
『一度は履いたんですけどね、スカート。でもどうしてもその格好のまま対峙して、スラスラ言葉が出て来るビジョンが浮かばなくて』
「……やっぱり、緊張するよね。九条さんとキミの過去を考えれば、当たり前か」
『緊張しないって言ったら、嘘になっちゃいます』
九条鷹匡とは ここ最近、共に仕事をすることが増えた。天いわく彼の調子が上向いているとのことで、仕事量を増やしているらしい。
調子が上向きになった。それは、健康面のことでもあり、心の面の話でもある。
今日のTRIGGERの活躍は目覚ましく、それに比例して世間が天を求める声も増えた。そういう要因が、九条の精神安定に作用しているのではないかというのが私達の見解だ。
「挨拶なんて、無理にしなくてもいいんだよ?」
『はは。さすがに、そういうわけには』
だが、いくら九条の黒オーラが和らいでも、何度 一緒に仕事をやり遂げても、私の中にある彼への苦手意識はなかなか消えてくれなかった。
しかし。しかしである。
避けては通れない道というのが、人生には何度か用意されているもので。
「実際に会って、どんな話するの?」
『そんなの1つしかないでしょう!
息子さんを、僕にください』
「ふふ。ボクが嫁ぐんだ?」
『幸せにしますよ』
「冗談。ボクが、キミを幸せにしたいんだけど」
白くて長い綺麗な指が、私の口元を汚していたクリームを拭った。