第116章 心、重ねて
鍵盤に指を沈ませると、静寂だった世界に音の輪が広がる。
消え入りそうなその儚い音色を拾い上げるように、天の声が重なる。
楽の声とピアノが重なれば、散らかった頭の中がゆっくりと落ち着きを取り戻した。
さらにそこへ龍之介の歌声が続くことで、心がようやく今に追い付いた。
『……』
(そうか、これは…)
TRIGGERから私への、贈り物だ。
自分の代わりに、彼らがこの大舞台に立ってくれるだけで満足だった。
ステージからの景色を、私の代わりに彼らが見てくれさえすれば満足だ。
そう思い込んでいたのは、どうやら私だけだったようだ。
3人は、とっくに見破っていたのだろう。私が、それで満足出来るわけはないと。
べつに、遠慮していたわけではない。
しかし事実いまこの瞬間、私は昨日の囚われから解き放たれるのを感じていた。
“ ボク達が、キミをステージに連れて行く。キミが今まで積み上げ来たもの全てを持っていく。キミの人生を、全部。
キミの見た夢を、蕾のまま枯れさせたりなんて絶対にしないから ”
昨日の天の言葉が、彼の歌声により思い起こされる。
“ 他人に自分の夢を任せるなんて、お前らしくないだろう?”
楽の力強い歌声が、そう言っている。
“ 迷わないで。明日の希望だけを、目指して ”
龍之介の伸びやかな歌声には、そんなメッセージが乗っていた。
“ さぁ、動け。動け。思考を動かせ。決して立ち止まらないで ”
3人の声が、私を焚き付ける。
『……』
(あぁ、もう…視界が、歪む)
でも。
涙で視界が滲もうが、どれだけの暗がりだろうが、楽譜が無かろうが、どうってことはない。
彼らの楽曲ならば、私は目を瞑ってたって一音足りとも外したりはしない。頭の中を空っぽにしてたって、完璧に弾きこなせる。
だから
今はただ 彼らと踊ろう。
一思いに。もう、戸惑わない。
想いのままに、果てたっていい。
今はただ、彼らと
音を。心、重ねていたい。