第116章 心、重ねて
「いきなり、そういうこと言うのは卑怯だろ…!それに、絶対 エリより俺の方が幸」
『あ、15分だ』
「おい!!」
時間ぴったりに立ち上がる私に楽は、せめて最後まで聞けと叫ぶ。しかし、きっかりここで切り上げないと絶対にあのまま立ち上がれなくなってしまう。それほどに、彼の甘やかしは私にとって幸せな時間なのだ。なんて、やはり素直に伝えることが出来ない。
『ごめん。そろそろ仕事に戻るね』
「あぁそうかよ。
お前さ…俺と仕事、一体どっちが大事なんだ」
子供のように、唇を尖らせて斜めを向いた楽が問う。
『そんな台詞も、楽が言うとイケてる』
「揶揄うな。まぁ、冗談だから忘れてくれ」
『嘘だ。半分本気だった』
「ははっ。バレてたか。やっぱ敵わねえな、あんたには」
今度は愉快そうに笑い飛ばした。楽は、実のところ表情が豊かだ。感情の起伏が大きい彼は、心を許した人間には本当に素直な自分を見せてくれる。
そんな彼にだからこそ、出来る限り私も素直な自分で居たいと思えるのだ。
『私はね、上手に嘘を吐くよ。でも、楽が建前とか偽りを嫌ってるの知ってるから。本音で答える。
仕事も楽も、どっちも大事だよ』
「1番って言ってもらえないのは悔しいけど、まぁいいか。俺は、お前がどれほど仕事を大切にしてるのか知ってるつもりだ。そんな仕事ジャンキーなあんたが、俺と仕事を隣に並べてんだから、俺はすげえ」
愛しているから、頑張れるんだけどなぁ。
『ふふ。うん、凄いよ。自分で言っちゃうところとか?』
「うるせえ」
『で?本音ところは?』
「俺の隣に他のもんなんか置くなよ。1番は?って訊かれたら、八乙女楽以外の選択肢捨てちまえ」
あぁもう本当に…。彼が言うことなすこと、全部が私に突き刺さる。
『ねぇ。ひと段落着いたら、時間作ろうね。それで、どこか旅行にでも行きたいな』
私がこうも貴方に囚われてしまっていること、楽は知る由もないのだろう。
いつか私も、彼のように自分の好意を素直に口に出来るように努力しよう。彼のはにかむような眩しい笑顔に、私は密かに誓うのであった。