第116章 心、重ねて
『いやだからハモリはべつのパートに組み込んで、ここは無難に』
「無難?そんなつまらない単語、2度と僕の世界に持ち込むな」
『あぁもうごめんて言い方を間違えた!ここはシンプルにまとめて、次の節を盛り上げる為に上手く繋げてみるのは』
「あの、すみません。ちょっといいですか」
気付けば、少し離れた場所に居た楽が、私と千のすぐ後ろに立っていた。突然のことで驚いた私達だったが、千は楽に言葉の続きを促す。
「どうぞ、気付いた方があるなら言ってみて」
「そのハモりのところなんですけど。両方のパートはそのままで良いような気がして…。で、なんかメロディの方に違和感がないですか?」
私と千は弾かれるように顔を見合わせる。
『そう、か…正解のメロディは、半音下だ…!』
「…なるほど。主旋律の音程が、ハモりの調和を乱してたんだ。ちょっと待って。すぐ調整してみる」
問題の箇所を手直しし、千は曲を再生する。するとスピーカーから流れて来たのは、見事に美しく完成した旋律であった。
「へぇ。楽くん、良い耳してるんだな。ちょっと驚いたよ」
「えっ、いや。俺は、ただ思ったことを言っただけですから」
「また謙遜を。正直、助けられた。ありがとう」
これをきっかけに道が拓けたのか、千のスランプは打開された。なんと、この翌日には素晴らしい新曲を届けてくれることとなる。