第116章 心、重ねて
先の尋常ならざる声は、間違いなく百のものだった。彼は一体、何を見て千の名を叫んだのか。
楽の言う通り、あの千が変な気を起こすはずがないとは思う。が、私には痛いほど理解出来てしまうのだ。
音楽との付き合い方が分からなくなってしまった時の、地獄のような苦しみが。
「っ、鍵がかかってやがる!エリ!」
ドアノブを激しく動かしながら楽は、さきほど凛人から借り受けた鍵を私に求めた。しかし、情けないことに私はそんなことなどすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。そんな中で取った行動は…
「おい、嘘だろ?ちょっと待っ…!!」
楽が制止するよりも早く、私の踵はドアノブを落としていた。
「……で?ドアノブがなくなっちまったドアは、どうやって開けるんだ?」
『……そ、そこにある消火器でもぶち当ててみましょうか』
私と楽は、ただの板と成り果てた元ドアの前に立ち尽くした。
が、よく見るとドアノブがあった位置には小さな穴が空いている。その穴に指を突っ込んでみると、なんとか指先は向こうの部屋に届いた。私は逸る気持ちを抑え、ゆっくりとドアを開く。
そこには、やはり2人の姿があった。
椅子に座る千。そして、その千の頬を両手で包み込み、至近距離から顔を覗き込む百。
このシチュエーションは、まるで…まるで…
「え…っと、あの…。
俺達は、何も見てませんから。誓って他所で喋ったりもしません」
『お、お邪魔しました』
「え?ちょっ!!何かとんでもない誤解を産んじゃってる気がするんだけど!?」
誰がどう見ても、百が千にキスをしようとしている場面にしか見えなかった。