第116章 心、重ねて
私と楽を出迎えてくれたのは、涙目の凛人。そして、その隣でへらっとした凛太朗の笑顔が印象的であった。
聞けば、千はいま百と共に事務所内の一室に隔離…。もとい、缶詰で作曲に取り掛かっているとのこと。
そう。私が会いに来たのは、まさに作曲活動に喘いでいるらしい千である。
その部屋まで案内するという凛人の申し出を断った。すると彼は頷き、私に鍵を握らせる。
もう何度も足を運んだ岡崎事務所。この鍵に合う扉がどこにあるのかは分かっていた。
淀みなく廊下を行く私の、半歩 後ろを歩く楽が問い掛けてくる。
「そんなに作曲、上手くいってねぇのか?千さん」
『そのようですね』
でなければ、周りに気を使いまくるあの凛人が、私を強引に呼び出したりしないだろう。
「そうか…。俺も力になりたいけど、難しいよな。何も出来ねぇのが歯痒い」
『まぁ、作曲は基本的に1人でするものですから。特に千さんのような人は、周りに干渉されたくないと思いますし』
「でも、あんたはべつだろ?2人で曲作りの話とかもたまにしてるし、何か突破口を見つける手助けが出来るんじゃねえか?」
足を淡々と左右交互に動かして、どんな返答をすれば楽に分かってもらえるだろうかと思考する。どうしても、上手く説明出来る自信がなかった。
私と千の間柄は、きっと誰にも理解してもらえないだろう。確かに作曲家という同じ畑を耕してはいるのだが、だからこそ踏み込んで欲しくない領域というものがある。しかし反対に、共感出来る部分もある。私達は同志でもあり、好敵手でもあるのだ。
『もし私がまた曲を作れなくなったら、その時に1番会いたくないのは千だ』
「え?どうしてだよ。そうなったら、作曲家である千さんは頼りになる仲間じゃねえか」
『うーん…いや、なんというか…。千にはその手のことで格好悪いところ見せたくないというか、よし楽勝!余裕だわ!みたいな私だけを知っていて欲しいというか』
「全く分からん」