第116章 心、重ねて
「こんな時間から出るのか?」
目を丸くした楽と、扉のところでちょうど出会い頭となる。スーツを再びしっかりと着込んだ私を見て、仕事は続いていると悟られてしまったようだ。
『武道館側のスタッフと少し。お酒が入る可能性もあるので、帰りが遅くなるかもしれません』
「お前…俺にまで平気で嘘吐くよな」
『え』
「やめろよ、悲しくなるから」
正直に言えば、絶対に楽は付いて来ると言うだろう。それを見越して、確かに私は口から出まかせの偽りを述べた。
『な、なんで分かるんですか』
「彼氏だからだろ」
『彼氏って、凄いんですね』
「まあな」
『彼女には、そんな特殊能力ないですよ』
「そりゃ、愛が足りてないからじゃねえか?」
ははは、まさか。と私は軽く笑い飛ばす。その後、自然な流れで腕時計に視線を落とした。
『あ、すみません。約束の時間が…。では行ってきます』
「ちょっと待て」
ガシ!と楽の手が私の肩を後ろから掴む。口端は上がっているのに目は全く笑っていないという、なんとも不穏な表情だ。そして、いつもよりもさらに低い声で問う。
「俺に嘘を吐いてまで、あんたはこれからどこに行くんだ?」
『え、えーーと…』
「言えないってのか。まさか、男のところじゃないよな」
楽は、私からどんなものを感じ取って嘘を暴くのだろう。それが分からない限り、問いには答えられない。
「……浮気じゃねえだろうな」
『っぷ』
「お前…っ!言うにことかいて笑いやがって!」
『今のは楽が悪い』
楽は深呼吸で自分を落ち着けてから、私を真っ直ぐに見据えた。両肩に手を置き、正直に答えろよと念を押す。
「本当はどこに行くんだ?」
『お、岡崎事務所』
「何しに?」
『応援?』
「……あぁ!」
全てを理解したのだろう。楽はそう声を漏らした。
当たり前の顔をして、俺も行くと言い出した彼を、私がどうして思い留まらせることが出来ようか。