第116章 心、重ねて
こうなることを、私はどうして予期出来なかったのか。何もわざわざ、大きなライブの前であるこのタイミングで、環のモチベーションを下げるようなことをしなくても良いものを。
奥歯をぎっと噛んだ私の前に、壮五は朗らかな笑顔を浮かべて歩み出た。
「環くんなら、大丈夫ですよ。確かに以前の彼は、プライベートで落ち込むことがあれば仕事にもそれを持ち込んでしまうこともあったんです。でも最近は、しっかりそれらを区別するようになってくれて」
よほど環のことを誇らしく思っているのだろう。彼の表情と声色から、それが伝わってきた。
「僕が言うのも変かもしれませんが、今の環くんはもう、すっかりアイドルです」
壮五はさらに、私を安心させるように頼もしい言葉を続ける。
「それに、僕達が付いてますから」
瞳を閉じれば、思い出す。
まだ小さかった、環の背中。その場で立ち竦み、不安で仕方がないんだと、愛してくれと、精一杯の力で叫んでいた。
あの頃から立ち止まったままなのは、環ではなく私の方だったのだろう。あの時の小さかった環は、もう居ない。今では立派に、一人前の男へと成長したのだから。
『ありがとう。やっと今、気付いた…。タマちゃんが私から離れられなかったんじゃない。私の方が、彼から離れる覚悟をずっと決められずにいたんだって』
壮五に、IDOLiSH7の皆んなに向け、心の中で私は託す。これからも、環のことをよろしくと。
まるでその心の声を聞き届けるように、壮五は頷いて、環の自室へと足を向けた。