第116章 心、重ねて
追いかけなくていいの?
静かに言ったのは、天だった。私は手に爪の跡がくっきりと残るくらい拳を堅く握り込む。
『追いかけて…謝りたい。子供の頃の約束、守れなくてごめんねって。でもそれを伝えたところで、楽になれるのは私だけで。いくら謝ったって、タマちゃんの心は癒えないから。だから、追えない』
いま追いかけたとしても、明日はもう私は環の隣にはいてあげられない。そんな奴に、彼を追いかける資格などないのだ。
『いつから、あんな大人びた言動をするようになったんだろう。泣いて、喚いて、駄々をこねてくれた方が…辛い気持ちを胸に溜め込むより、よっぽどいいよ』
なんて。そんな考えは、私が彼を堂々と慰められる大義名分が欲しいがためだ。
またも自己嫌悪い陥りそうになる私を引き上げてくれたのは、大和の突き抜けるように明るい声だった。
「イイ男でしょ!うちのエロ担当は!」
『え』
「タマも、心のどっかでは分かってんだよ。いつまでもお前さんに甘えたまんまじゃ駄目だってさ。真剣に愛した女から卒業しようと足掻いてる若人を、どうか優しく見守ってやってちょうだいよ」
ぽん、と肩に置かれた手はとても優しい。そして大和に視線をやるも、どんな顔をするのが正解かは分からなかった。
「ま、1分も待たず部屋に引き篭もっちゃうようじゃまだまだなわけなんですけど。胸なんて、ちーっとも傷んでませんよって顔して笑い飛ばせるくらいになってもらわないと」
「それって、キミみたいに?」
「え゛」
「わぁ!さすが大和さん!めちゃくちゃ大好きだった人に、どれだけこっ酷く振られても、傷付いてることを悟られないで笑ってられるなんて凄いですよね!」
「ちょ」
「わー。かっこいいー。失恋マスター」
「誰かこのタチの悪い双子を至急なんとかしてくれ!」