第116章 心、重ねて
『……万理、さ…。もしかして、めちゃくちゃ残業ハイになってない!?』
「バレたか!」
重なる労働、溜まる疲労が、回り回って一周してハイテンションになってしまうあれだ。そして私も、その状態に片足を突っ込んでいた。そんな2人は腹を抱え、大声で笑いたいのを懸命に堪えた。
玄関先を占領していた私達が完全に悪かったのだが、突如ぬらりと姿を現した小鳥遊社長には死ぬほど驚いた。
重い笑顔に低い声で、こんな場所でイチャイチャは禁止だよ…と警告してから事務所の中へと消えてしまう。
「み、見られた…よりにもよって、あんなアホなことしてるところを」
『自業自得』
羞恥と戦う万理に、私は持っていたビニール袋を差し出した。彼はそれを受け取って、中に手を入れ物を取り出す。
「あ、ヤルクト1000だ。もらっていいの?」
『そんなに数はないけど、皆さんでぜひ』
「じゃあありがたく。なんていうか、栄養ドリンクじゃないあたりがお前らしいよ」
『ふふ。ヤルクト10000があれば、そっちを買ったんだけどね』
「ん?なんだそれ」
『万理への差し入れならやっぱり、ヤルクト ユキ。よりもヤルクト バン。みたいな?』
ひとしきり笑った後、私は彼に別れを告げる。階段を1段1段降りる背中に、万理は私の名前を投げた。
「エリ!」
『??』
「ライブ、上手くいくよ。絶対に」
昔から私は、彼の笑顔を見ればどんな窮地も乗り越えられるような気持ちにさせられた。それは、どうしてか。
彼が初対面にも関わらず、私のことを救ってくれたからか。
それとも、初めての感情を与えてくれた特別な存在だからか。
いや、多分、その両方なのだろう。