第116章 心、重ねて
早めに仕事を切り上げられたとはいっても、小鳥遊事務所に到着したのは20時頃だった。
寮へ行く前に、事務所に寄り挨拶をしに行くつもりだ。天に同行の意思を確認したら、彼は車内で待っているとのこと。
運転席のドアを開ける私に、天は含みを持たせた笑みを浮かべる。
ボクが居ない方が積もる話も出来るでしょ?どうぞごゆっくり。だ、そうだ。
面白い発想だが、残念ながら積もった話もごゆっくりするつもりもない。私は普段よりも少しだけ強い力で、ドアを閉めた。
事務所の電気は当然のように点いている。1人階段を上がり、扉を叩く。しばらく待つと、はーいと聴き馴染んだ気の抜けた返事。開いた扉から覗かせた男の顔は、些かいつもよりも疲れた様子だった。それでもやっぱり、その笑顔は甘い。
「疲れた顔」
『どっちが』
開口一番にしては短い言葉のやり取りに、私達は顔を見合わせて笑った。
「中へどうぞ。お茶淹れるから」
『ううん。長居する気はないから大丈夫。仕事の邪魔したくないしね』
「邪魔なもんか。それに少しくらい長居してくれないと、積もる話も出来ないだろ」
『あったんだ。積もる話』
ちらりと所内を覗くと、真剣な表情でパソコンと向かい合う人達の姿があった。元より大所帯ではないので、おそらくはほとんどの社員が残っているのだと思う。
「 ——— のか?」
『え?あ、ごめん。ぼーっとしちゃってて、なんて言っ』
「だから」
気が付けば、背中には硬い壁。すぐ横には腕が立てられて、目前には端整な顔が迫る。
「結婚するのか?俺以外の男と」