第115章 最高のアイドルを
どうしても隠しきれなかった、焦りにも似た緊張感。彼はそれを感じ取るのと同時に、ごくごく小さな声で提案した。下に行きませんか?と。
彼は店先の吊り看板を返し、クローズドと書かれた面を上向けた。それから2人で、地下の階段を下る。
私は、ステージを見つめるマスターの横顔を盗み見る。その表情は、幸福に満ち満ちていた。まるで、大好きなアイドルが歌って踊る姿を目の当たりにしている瞬間のように。
彼にはきっと、見えているのだろう。かつてこのステージで客席を沸かせた、数多のアイドル達の姿が。
そんな彼に声を掛けることは確かに戸惑われたが、それでももう我慢の限界だった。
『マスターは、嘘を吐かないで私の質問に答えてくれますか』
「元よりそのつもりですよ。嘘を纏い着飾って美しくなれるのは、女性だけと決まっていますからね」
『ふふ、私みたいに?』
「ええ、貴女みたいに」
ステージから視線をこちらに移し、微笑んでいる彼に私は問う。
『マスターが、武道館における隠れた最高責任者ですか?』
「…頷きにくい質問の仕方ですね」
『では訊き方を変えます。
貴方は、最高のアイドルを武道館に立たせる権限を持っていますか』
さきほどまで首を傾げていた彼だったが、この質問には笑顔でしっかりと頷いた。