第115章 最高のアイドルを
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数日後。私は1人、バー Longhi'sのカウンター席に腰を落ち着けていた。この店に出向く時は大体がエリの姿なのだが、今日はその限りではない。
バーカンの中から、マスターがいつもの朗らかな表情で語り掛ける。
「いらっしゃいませ。今日は、また珍しい格好をされていますね」
『はい。今日は少し、お仕事の話をする予定なので』
「左様でしたか。この後、お連れ様がいらっしゃるのですか?」
『いえ。連れは来ません』
そうですか とまた微笑んだマスターに、私は一杯目のカクテルを注文する。
『オールド・パルを』
「…貴女は、いつも本当にマニアックな注文をされますね」
『女はね、やっぱり好きなんですよ。
花言葉とか、カクテル言葉とかが。ロマンティックでしょう?』
彼は何も言わなかった代わりに、手早く極上のカクテルを提供してくれるのだった。
水曜日というのは、飲食業界全体が暇を持て余す曜日だというのを聞いたことがある。
月曜と火曜の疲労が蓄積しており、なおかつ土曜日はまだ遠い。そんな理由から、人は早めの帰路に着くというのが理由だが、真意のほどは不明だ。しかし例に漏れずこの店も客が少ないことから、あながち的外れな情報とは言い切れないのかもしれない。
まぁなんにせよ、騒がしくない方が私にとっては都合が良かった。
グラスの汗が伝った道筋が、白から透明に変わる。それを指の腹でなぞりながら、百と千との申し合わせの内容を頭の中で整理する。