第115章 最高のアイドルを
八乙女宗助と凛太朗は社交的な挨拶を済ませると、互いの出方を窺った。その様子を見て、私はこれから交渉戦が始まるのだと感じた。
交渉は、言葉を交わすより前から既に始まっているものなのだ。相手を蹴落とし、利益をいかに自社の物にするか。そんな黒い思惑が渦となり、2人を包んでいる。
最初に口火を切ったのは、凛太朗の方だった。
「まぁ、そう身構えないでください。こちらが提案したいことは、決して御社に不利益をもたらすような物ではないです」
そう言って、彼は黒縁眼鏡の奥にある瞳を細めた。そして鞄の中から資料を取り出して社長に差し出す。ご丁寧に、側に控えていた私にもそれは手渡された。
表紙の文字を確認しただけで、心臓が大きく跳ねる。しかし私も社長も、とりあえず全ページの文字を目で追っていく。
「…ふふ。夢物語ですな」
「そうでしょうか?4つの事務所が手を取り合えば、不可能ではないと思います」
凛太朗はそう断言するが、宗助は鼻で笑って資料を置いてしまう。私はというと、紙束を持つ手が震えるのを自覚していた。
「どうしてそうも怯えることがありますか?」
「怯える?私がですか?何故そう思われたのかは分かりませんが、反対する理由はそんなものではありませんよ。
ただ、現実的ではないと申し上げている。こんなものは、空に絵を描くようなものです。残念ですが、うちのTRIGGERは出せません」
「絵空事。結構じゃないですか。机上の空論も、いつまでも机の上でグダグダしてるから現実のものにならないんですよ。それらが本当になれば、今までにない世界が観られると思いません?」
凛太朗は、宗助が突き返した資料に5本指を立て、さらに突き返した。
そして、挑発的に対面に座る男を煽る。
「Re:valeとTRIGGER。そしてIDOLiSH7にŹOOĻ。この4グループ総勢16人のアイドルが、ひとつの会場に集い行うライブイベント。
その名も、フルメンバーフェスティバル。略してフルフェス。
これを観たくない人間が、果たしてこの世界にいるでしょうか」