第113章 もう一生、離さない
私はもうどこにも逃げたりしないというのに、楽の気は急いていた。玄関扉を荒々しく開けて、私を壁際へと追いやった。躊躇なく迫ってくる、整った顔面と唇を躱す。
『ちょっ、楽…!待っ』
「もう待たねえよ。この瞬間を、今までどれだけ待ったと思ってる」
『い、いやでも、ほら!余裕のない男はモテないよ?』
「好きな女を目の前にして、スカした男の方がモテないだろ」
顔を背けて、迫り来る楽の胸板を押してみる。しかしその程度では勢いが止まるはずもない。必死の抵抗も虚しく、頬に、耳に、柔らかい唇が押し当てられた。
同時に与えられる軽いリップ音がやけに艶かしくて、体の力が抜けてしまいそうになるのを感じた。私を閉じ込める楽の腕から逃れ、思わず距離を取る。
彼はそれが、お気に召さなかったらしい。じとっと湿った視線をこちらに向けた。
「…どこ行こうってんだ?」
『え?えっと…。つ、爪を、切りに?』
「は?爪?」
『そ、そう!行為に際して、予め爪を切っておくのはマナーでしょ?』
「それ、どっちかっつーと男の方のマナーじゃねぇか?」
『……優しくするよ』
「キメ顔やめろ。あんたは、俺のどこに何をするつもりだ」
若干 卑怯だった気もするが、楽の猛攻は落ち着いてくれる。
「クソ!あんた、変な事ばっか言って俺の気を逸らそうとしてるだろ!」
『バレたか』
「はっ。なめんなよ。何回だって、お前をその気にさせてやる」
再びギラリと目を光らせる楽を見て、慌てて口を開く。せめてシャワーを浴びさせてくださいと訴える私に、彼は些か反省した様子だ。