第113章 もう一生、離さない
「あんたは言わなくても理解してくれてるかもしれないけど、俺は…エリと結婚してからもアイドルを続ける。TRIGGERをやめるってことは、想像するのも難しかったんだよな。だから…きっと、色んな苦労をお前にかけちま」
『あのね、楽。
“私だけのアイドルになって欲しい” なんて、そんなつまらない願望持ち合わせてないよ。
貴方を独り占めになんてしたくない。だって私が欲しいのは、世界中の人達を虜にしちゃうような、魅力的なアイドルの八乙女楽なんだ』
上等だ。楽はそう言ってからくしゃっと笑った。
それから、2人並んで波の音をどれくらい聞いただろうか。叶うならば、時が止まれば良いと思った。このまま楽と、この心地良いだけの世界で揺蕩っていられたなら、どれほど幸せだろう。しかし、私達がいるのは夢の中ではない。確かな現実なのだ。
「そろそろ、帰るか」
『うん。そうだね』
先に立ち上がった楽に続いて、名残惜しくはあったがベンチから腰を上げた。私は楽が先に何かを言う前に、自分から進言する。
『私は、タクシーを捕まえて帰るから』
「は?」
『私達の家 反対方向だし、送ってもらったら効率悪いでしょ?』
「いやそうじゃないだろ。帰るなんて、寂しいこと言うなよ」
その言葉の、意味するところは。
私が隣を見上げるだけで、彼は分かりやすく教えてくれる。
「あんたが欲しい」
直球も直球な誘い文句に、顔が数秒と待たずに真っ赤になってしまう。まだ何も言えない私に、楽はまた手を差し伸べた。
「あんたがこの手を取れば、俺は今夜エリを抱く」
『が、楽…』
「なあ。取る、だろ?」
楽は、片眉を僅かに上げて薄く笑う。
きっと彼は、私が頷くまで帰してはくれないのだろう。
限りなく真っ直ぐで、ちょっと強引。そして絶対的に良い男であるこの男の、こんな誘いを断れる人間など、いるはずもない。
おずおずと、彼の手の平に指を置こうと距離を縮めた。しかし、その指が手に触れる前に、楽は私を腕の中に力強く閉じ込めた。
「今夜は、離さないから」
『…今夜、は?』
「いや、違うな。
もう一生、離さない」
どうやら、夢みたいな現実は まだ続くみたいだ。