第113章 もう一生、離さない
私達は、もう少しだけ夜の海と共にこの甘い時間を堪能することにした。いま腰掛けているベンチは、海の家の前に設置されているもの。このベンチにも、思い出が詰まっている。
忘れられるわけがなかった。ここは、私と楽が初めて口付けた場所だから。
その時のことを鮮明に思い出して頬を熱くしていると、楽が椅子の下から何かを取り出した。ガサっと包装紙が揺れる音がしたかと思うと、途端に華やかな匂いが辺りを包む。
それはそれは大きな、薔薇の花束だった。驚きの瞳を隣の男に向けると、楽は嬉しそうに片目を歪めて告げる。
「薔薇の本数、エリに分かるか?」
『え、っと…もしかして、108??』
「ははっ、正解」
『よくこんな時間にこれだけの数を集めたね!?』
「仲の良い花屋を叩き起こした。俺の人生が懸かってるんだって言ったら、知り合いの花屋にも協力してもらおうってなって、その知り合いの花屋もまた知り合いの花屋を起こしてくれて、そしたらまたその花屋が」
『こ、今夜、一体どれくらいの花屋さんが叩き起こされたんだろうね…』
私と楽は、顔を見合わせて小さく吹き出した。落ち着いたら、迷惑をかけてしまった花屋巡りをしようと約束をする。
「エリにプロポーズをする場所は絶対にここだって決めてたんだよ。まさかこんな時間になるとは予想してなかったけどな」
『私達、付き合ってすらなかったのに。そんなふうに考えてたんだね』
「あぁ。あんたが消えた時も、振られた後も、ずっと俺はあんたのことだけを考えてた」
月明かりを吸い込んで光る水面なんかより、瞬く数多の星なんかより、私を中に入れた楽の瞳の方がキラキラ輝いて見えた。