第113章 もう一生、離さない
「何度かここに来てるうち、暗闇に目が慣れれば景色が一変するここに気付いたんだ。この景色を見る度、エリにも見せたいって思ってた」
『ここに、何回も来てたの?誰かと?』
「いや。ここに来る時はいつも1人だったよ」
どんな気持ちで楽がここに足を運んでいたのかなんて、想像に容易い。
一体、何度期待しただろう。もしかしたらここに、私が居るかもと。再会出来るかもしれないと。
そして何度、その期待は裏切られたのだろうか。彼は決して、夢の続きを見ることは叶わなかったのだ。
その心中を思うと、無意識で私は彼の手を取っていた。
「ちょっとだけ、歩いてもいいか?」
『うん』
彼は私の手を引いて、小さくした歩幅で砂を踏む。
オフシーズンの、しかも深夜の海に人なんて他にいなかった。私達は2人きりで、月明かりだけが頼りの黒の世界を歩く。
しばらく楽の大きな背中を見ていたが、ふと顔を横に流してみる。海は、あの時と同じように私達の前にある。
そう言えば “あの時”
私は、唐突に海に浸かって楽を驚かせたのだ。
「エリ」
ぴたりと足を止めた楽は、私の名を呼んだ。そして、私の頭の中を覗いたのではないかと思う内容の言葉を口にする。
「エリは、あの時のこと覚えてるか?」
『うん、勿論覚えてるよ。ここで楽と、デートをしたよね』
「ああ。海が見たいって言ったエリを俺がここに連れて来て、それから」
『そうそう。私がザブザブーって海の中入っちゃって、楽を大いに驚かせ』
私が数年前の記憶を披露している最中、楽はおもむろに海の中へと足を進めた。皺ひとつないスーツに、曇りひとつない革靴が容赦なく海水に浸かってしまう。
『ちょ、えっ?楽?楽さんっ?一体どうしちゃったの!?』
膝下までを海に沈めた楽は、身を翻してこちらを向いた。