第113章 もう一生、離さない
楽の目指す場所。目的地の近くまで来て、私もようやく目処がついた。
砂に足を取られて歩きにくく、一定のリズムを刻み耳をくすぐる水音。
そう。ここはいつか2人でデートをした、海である。
彼がここを選ぶのも納得だ。ここには、私達の思い出が詰まっているから。
肌寒い季節だというのに高波でずぶ濡れになって、突然の雨に降られ、そして虹を見て、キスをした。滞在したのはせいぜい1.2時間程度だったのに、信じられないくらい濃密な時間を共に過ごした。ここに来れば、それらがまるで昨日のことのように思い出せる。
だが、それにしても…
『暗いねぇ…まっっ暗で、ほとんど何も見えないよ…』
夜の海というのは、まさに闇の世界である。車のライトもなくなった今、隣に立っている楽の顔ですら確認が難しい。
不安げな私を他所に、楽は自信に満ちた声でこう告げる。
「だろ?でもこうやってしばらく待つと」
『が、楽?』
楽は私の背後へ回り、そのまま両目を大きな手で覆い隠してしまう。彼が何をしたいのか予想は付くが、この体勢は後ろから抱きすくめられているみたいで落ち着かない。
1分ほど経っただろうか。もうそろそろだなと言ってから、楽は私の視界を解放した。高鳴った心音を自分で聞きながら、私はゆっくり瞼を持ち上げる。
さきほどまでは頼りなかった月明かりが、まるでスポットライトのように光を降ろしていて。ガラスを砕いたみたいな星々が、空と、そして揺らめく水面に散りばめられていた。
そんな光景を見てしまえば、すぐに “綺麗だね” と、傍にいる彼に感想を伝えたくなってしまう。勢い良く後ろを振り向いた私は、息を飲んだ。
「な?魔法みたいだろ」
薄光の中で見る、淡く笑った楽があまりに美しくて。星空よりも、深い海の青よりも、差す月光よりも美しくて。胸の中心に強い衝撃が走った。