第112章 幸せでいて
私と社長がそんな言葉を交わしている中、珍しく楽はただの一音も挟んでこなかった。ただただ、目をギュッと閉じて目頭を押さえ、天井に顔を向けている。
『が、楽?』
「どういう感情なんだそれは」
「もう…なんか、いっぱいいっぱいなんだよ。こうでもしてねえと…色んなもんが溢れ出て、爆発しちまいそうで…」
『えーーと…』
「これが片想いを拗らせ過ぎた男の末路か。情けない。お前、本当に私の息子なのか」
「うるせぇよ…」
社長の売り言葉でさえ、まともに買うことの出来ていない楽。未だ顔を上向けたままで、若干の震え声で零す。
「想いが通じるってのは…こんなにも嬉しくて、頭がグラグラして…胸が震えるもんなんだな。初恋なんか、目じゃないぐらい刺激的で、感動的だ」
「はぁ…。お前、泣きそうになってる場合じゃないだろう。自分の立場が分かっていないようだな」
「俺の立場…?俺は、今…この世界で1番幸せな男だ」
「そうじゃない!!
いいか?よく聞け。今のお前は、女の方にだけプロポーズをさせたこの世界で1番情けない男だ」
社長に人差し指を突き付けられて叫ばれた楽は、ピシャーーン!と強い雷に撃たれたような顔付きに変わった。避雷針としての役目を全うした彼を、私は懸命にフォローする。
『いや、社長?その件につきましては、責任の全てを私が背負うべきで』
「1時間だ」
『え?』
「1時間だけ、待っててくれるか。すぐに準備する」
『は?準備って?いや楽!今日はもう夜も遅いしそういうのは追い追いで…っ』
そんな懇願も虚しく、彼はあっという間に消えた。
と思ったのだが、すぐにまた社長室へと現れる。そして、私にではなく父の方へと人差し指を差し返した。
「これだけは言っとくけどな。俺は、天や龍之介と一緒にTRIGGERとして天下を取るって志を捨てるつもりはない。だからあんたはこれからも、俺達が上へ行く姿をその椅子に座って見てろ。
…言いたいことはそれだけだ」
パタンと扉が閉まると同時に、私は息を噴き出した。
『ふ、ふふっ。だ、そうですよ?』
「相変わらず、緩い考えを持った甘い男だ。
…仕事に恋に、両方を諦めない。全くあいつは、欲張りな男だな」